京から見た東国の反乱
以仁王の乱を経て東国で勃発した反平家の軍事行動は、京に暮らす人々にはどのように映っていたのか、貴族の残した日記から推察してみましょう。北条時政を指揮官とする仲綱残党軍が伊豆国で挙兵したことは、九条兼実の日記『玉葉』の治承四年九月三日条に記されます……
以仁王の乱を経て東国で勃発した反平家の軍事行動は、京に暮らす人々にはどのように映っていたのか、貴族の残した日記から推察してみましょう。北条時政を指揮官とする仲綱残党軍が伊豆国で挙兵したことは、九条兼実の日記『玉葉』の治承四年九月三日条に記されます……
北条時政が繰り返し接触を試みた甲斐国の源氏勢力について西川広平編の史論集『甲斐源氏 武士団のネットワークと由緒』(戎光祥出版)に基づいてまとめてみます……
ここでいったん本論から離れ、以仁王の令旨がいつどのような状況で発給されたかについて、本記事の所見を述べておきましょう……
治承四年六月二十九日、伊豆国の知行国主は清盛の義弟である平時忠が任命されます。本記事の主張に沿って言えば、当初の予定どおりの人事となります。より正確に言えば、頼政の自然死を待って知行国主交替を予定していたところ、思いもかけず頼政の戦死という事態になりましたが、いずれにせよ既定路線だったことに変わりはありません……